Jun 11, 2009

任意整理の一般的な特徴

任意整理は債務者が債権者と任意協議して財産関係を処理することである。債務者が個人の場合には、経済的再生を目的とする。法人の場合、清算を目的として再生を目的とすることもできる。法的倒産手続とは異なり、債権者と債務者の合意に基づいて債権を処理する倒産の一つである。一般的に債権者が銀行等の場合は、弁護士や司法書士に任意整理をお願いする場合が多い。
お金を使用して、この歳になってもう一度考えるようになります。実際の親が二人とも自己破産の道を捨てたです。なぜこんなことされたことを、考えれば考えるほど苦しくなります。個人破産に至るまで、どれだけ辛く、苦しく、悲しい思いをしないつもりはない。身をもって体験することが私。娘達は同じ考えをしないように努力していきたいと思っています。
 ◇川口市・吉原丈夫さん(87)と蕨市・小板橋孝策さん(91)、8カ月の経験共有
 太平洋戦争時の連合艦隊の第2艦隊旗艦「愛宕」の元乗組員2人がこの夏、戦後初めて顔を合わせた。乗組員の多くは、終戦から66年が過ぎ他界した。数少なくなった2人の「戦友」は当時を思い起こした。【内田達也】
 きっかけは8月16、17日の本紙埼玉版記事。蕨市中央の小板橋孝策さん(91)が、1944年10月のフィリピン・レイテ沖海戦で愛宕に乗り組み臨んだが、魚雷攻撃で同艦は沈没し、戦艦「大和」に移った経緯などを紹介した。
 海戦の3カ月前まで同艦で任務にあたっていたのが、川口市東領家の吉原丈夫さん(87)だった。「同じ重巡洋艦に乗り組んでいた人に会って話を聞きたい」。記事を読んで吉原さんに知らせた長男の力蔵さん(64)とともに、8月下旬、小板橋さんと蕨市内で会った。
 志願兵として海軍入りした吉原さんは、1943年5月から海軍の拠点、トラック諸島(現、ミクロネシア連邦・チューク諸島)で任務にあたった。翌年7月にシンガポールで同艦を降りて、横須賀で終戦を迎えた。一方の小板橋さんは、レイテ沖海戦で負傷し「大和」を降り、終戦時は仏印(ベトナム)にいた。
 2人が同じ艦にいたのは約8カ月間だったが、1000人を超す乗組員がおり、当時は面識がなかった。力蔵さんによると、対面した際、小板橋さんが愛宕の様子などを話すと、吉原さんは懐かしそうにうなずいたという。力蔵さんは、丈夫さんを連れて07年にトラック諸島など戦跡を訪ねる旅をしたことなどを、小板橋さんに説明した。
 吉原さんは戦後、農業や会社勤めをした。海軍の水雷学校で成績が良かったことや、南太平洋のラバウルで米軍の至近弾を受け右手を負傷し、隣の兵士が吹き飛ばされたことなどを話したが、戦友会などには行かなかった。
 無口な吉原さんは取材に多くを語らないが、力蔵さんは「同じ経験をした小板橋さんに会ったことで、かつての戦友の冥福を祈る気持ちを共有しているのでは」と胸中を察する。

11月15日朝刊

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 毎日新聞など主催の「第6回企業対抗!MOTTAINAI 富士山ゴミ拾い大会」で、越谷市の住宅販売会社ポラスグループチームが昨年に続き、「MOTTAINAI大賞」を受賞した。同一チームの連覇は大会初。
 大会は、静岡県富士市の富士川緑地公園で10月に実施された。台風の影響でゴミが駿河湾から打ち上げられた会場で、14社約80人がゴミの回収にあたった。
 ポラスグループチームは、張ケ谷秀典さん(37)をリーダーとした5人編成。1時間の持ち時間にテレビやタイヤから、紙くずなどの可燃ゴミまでを積極的に集めた。タレントのルー大柴さんなど審査員は「雨の中、夢中でゴミを拾う姿と手際の良さに感動した」と評価したという。
 張ケ谷さんは「チームのメンバーにゴミの分別係を置いた段取りの良さが功を奏した。大会の経験を今後の企業活動に生かし、地域の環境向上にいっそう励みたい」と、話した。【飯嶋英好】

11月15日朝刊

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 1971年に定められた県民の日の14日、県庁で「県庁オープンデー」が実施された=写真。庁舎公開や、ご当地ゆるキャラが登場するステージなどに過去最多の約5000人の親子連れらが訪れた。一部を除く公立小中学校と県立高校は休校となった。
 今年は1871(明治4)年11月14日(旧暦)に埼玉県が誕生して140年。耐震工事のため、県庁公開は3年ぶり。
 今回は初めて「かいしゃひろば」と題し、県内に工場を持つ、アイス「ガリガリ君」を製造する「赤城乳業」や自動車メーカー「ホンダ」などもテントをを出した。深谷市から孫の小学4年、翼くん(9)と訪れた永野初美さん(66)は「孫に社会科見学も兼ねていろんな体験をさせてあげようと思い来ました」と、キャラクターに見入っていた。
 埼玉会館(さいたま市浦和区)で開かれた式典では、卒業歌として歌われている「旅立ちの日に」の作詞者で今年1月に亡くなった元秩父市立影森中校長、小嶋登さん、作曲者で県立秩父特別支援学校教諭、高橋浩美さんの2人に彩の国特別功労賞が贈られた。【西田真季子】

11月15日朝刊

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